Review『涼宮ハルヒの消失』

ここでは、2010年2月6日より公開された映画「涼宮ハルヒの消失」の感想を書いていきます。

2月6日 第1回観賞時 取り急ぎの箇条書き

・ブログ本編でも書きましたが、最低3回泣きました。「ジョン・スミスの封印を解いたとき」「鍵が5名揃い、パソコンの電源が入ったとき」「キョンの葛藤」の3シーンで。

・というか、ジョン・スミス封印解除の時からほぼ泣きっぱなしでした。

・誤解を恐れずに言うならば、99%完璧な映画でした。残り1%は僕が期待しすぎたことを原因とする、数シーンにおける演出意図と僕の予測との違いだけ。

・京都アニメーションがハルヒ1期から徹底している「原作に忠実に」を、今回もやりきりました。1期・2期以上に徹底させていたと言ってもいいでしょう。

・作画、演出、声優の演技、どれをとっても隙は見当たりません。手抜きした箇所なんて1箇所もありませんでした。

・逆に言えば、インパクトを重視した要素の導入は過剰なまでに抑えられ、その力学は全て原作のエピソードへ演出の形で注入されていました。僕がひそかに予測していた「エンドレスエイトに出てきたアイコンを偲ばせる」などのギミックは、皆無でした。あくまで潔く、原作を忠実にトレースしていたのです。

・圧巻だったのは、なんと言っても「キョンの葛藤」シーンでした。アレはすごかった。僕はあのモノローグでそんなに派手な演出をしてこないのではないか、どうするんだろうと不安視していたのですが、期待を遥かに上回りました。エンドレスエイトで試みられていたアイコンを強調しながらシュールレアリズムチックに畳み掛けていく演出、それがここに極まった感があります。キョンの心中で起こった、激しいという形容しか見当たらない葛藤。それをシンボリックに、そして独創的に描ききっていました。ここは、特に原作やアニメをくまなく見ていた人間にとって、涙腺を破壊するに十分すぎるインパクトがありました。

・もちろん、長門における全ての演出、描写、CVの演技力の高さは期待値を遥かに超えました。改変世界の長門の愛くるしいしぐさや表情は、二次元のキャラクターに恋心を抱かせるだけの破壊力があります。改変長門が1回だけ見せる笑顔なんざ、もう、たまりません。茅原さんが4年の間に培った経験が、ほぼ全て生かされたといっても良いほど、その演技力は飛躍的に向上していました。そして…、エンドレスエイトを見た者だけが味わえるカタルシスが、ちゃんとそこには内包していました。エンドレスエイト8回は、必然だった。今映画を見たことで、改めて断言できます。

・個人的に押さえておきたい点の一つは、みくる(大)です。後藤さんの演技力は鉄板中の鉄板でした。あの安定感の高さは異常です。僕の予想を大幅に超えた演技力を持って、みくる(大)はスクリーン上で輝いていました。

・そして…今回最も感銘を受けたのは…、やはり杉田さんの高いポテンシャルとその壮絶とも言うべき演技力の高さでしょう。2時間40分以上という尺をものともしなかった構成に、彼のモノローグは溶け切っていました。間違いありません。この作品は彼の代表作として、後世に語り継がれるはずです。

・もちろんハルヒの平野さんも鉄板だったし、朝倉の桑谷さんが見せる狂気は垂涎の出来でした。古泉の語りは改変前、後、再改変、どれも磐石でしたし、谷口、国木田、鶴屋さん、そして妹も。朝倉が舞いながら血飛沫を空に放つシーンは、適切な形容詞がすぐに思いつかないほど、すごかったです。

・あと、音楽がすごかった。何がすごいって、使うタイミングがめちゃくちゃストイックでした。音楽に頼りきりでもなく、なおざりにもせず、ジャストタイミングで的確な音を出していく。そのストイックさにやられました。これは映画館だからこそ映える。テレビでは実現し得ない。そう確信しました。もしかしたら、EDのアカペラも、そんなストイックさの一つなのかもしれません。

・残り1%は、こんな感じです。「ジョン・スミスの封印解除のシーンが若干あっさりしすぎてた様な気がする」「病院の屋上で長門とキョンが会うシーンは、もっとドラマチックにしてもよかったのではないか」「演出意図はわかるが、EDで『優しい忘却』をアカペラにしたのは、賛否が出るかもしれない」。でも、一番最後の図書館のシーンで、全てを許してしまいました。

・物語を通じて、派手な演出に若干のリミッターをかけているような感じ、とでもいうような印象を持ったことは否定しません。キョンの葛藤はすごく独創的でしたし、朝倉がキョンを刺すシーンなんか非常に緊迫感がありましたが、全般的に映画的に派手な手法をあえて多用せず、抑えていたような気がします。それが上記の「1%」です。ただ、それは僕の中の感動屋さん的感情がそういったドラマチックな演出を暗に求めていたのだろう、と解釈すれば、全く気にならなくなりました。そしておそらく、上記のような「抑え目の演出」こそ、石原総監督、武本監督の演出意図だったのではないかと思います。

・次、つまり「第3期」はあるんでしょうか。ご多分に漏れず、僕も人知れずそれを心配しています。ですが、ED近辺の演出意図を逡巡するにつれ、それは杞憂かもなあ、と思い始めました。だって、もしこれが最後なら、もっと派手にして打ち上げ花火を大きくしてもいいはずですし、最後のシーンが「アレ」ですよ? 続編の計画があるからこそ、あの演出になったのではないか、という邪推のしようがあるってもんです。

・石原総監督曰く「足掛け5年」のプロジェクトは、ひとまず一つのピリオドを打ちました。京都アニメーションは現在「けいおん!2期」に向けて走り出しています。しかし、僕はあえて断言したい。

・次の伝説が来ることを信じて、僕はまだまだ踊ります。見ててね!

(2010.2.6)初稿
(2010.2.7)誤字と古泉(小野大輔さん)についての記述を修正。古泉が抜けてました。すまん。ごゆっくりー!

2月8日 ちょっと落ち着いてからの箇条書き

・アレからいろーんな方のブログや日記をざーっと読みました。ハルヒを追いかけていた人は総じて絶賛。原作やアニメを読んでいない方の評価は半々くらい。

・否定的な意見として「原作やアニメを知らないと読解が難しい」「長すぎる。もっとシェイプできたはず」「最後の結末の意味がよくわからない」「もっと劇場的な盛り上がりがほしい」って感じですかね。

・今回の「消失」が思いっきり「原作に忠実に」を徹底的に守った結果、決して一見さんの方向に向いていない映画になりましたから、致し方ないといえば仕方ないのかな。というか、おそらく角川・京アニさんは、はなっから一見さん向きに作らなかったんじゃないか、と邪推しています。

・これまでの角川さんアニメとしてはかなりの冒険だと思うんですよね、仮にそうだとしたら。なぜそうしたのかはわかりません。いろいろ理由があるのかもしれないです。もしかしたら、原作を完全にトレースしても作品として成立する、という自信があったのかもしれないし、一見さんのリピート化を狙ったのかもしれないし、あるいは…、時系列シャッフル~エンドレスエイトから続く「実験」の集大成かもしれないし。

・僕個人としては、非常に丁寧に作ってることもあって、一見さんが見ても概ね楽しめる内容だったんじゃないのかな、と思っています。ただ、僕はガッチガチの京アニ信者、ハルヒ厨ですからして、バイアスを完全にぬぐいきれないでしょうね。

・印象的だったのは、ハルヒを追いかけていた人の中にも「もっとドラマチックにしてもよかったんじゃないか」「ヌルヌル動きすぎ」「色彩が落ち着きすぎていて、テレビに似たデジャヴ感があった」という感想を漏らしていた人がけっこういたことですね。僕と同じく期待しすぎちゃったのかな。クオリティ自体はパーフェクトなんですけど、そういった感想が出るのはわからないでもないです。実際僕も感じた部分ですし。

・2回目を見に行った時に確認しますが、アレですね、杉田さんのアドリブっぽいネタ、1個もなかったんじゃないかな。僕はそれがかえって作品全体を引き締めていたなあ、と感じました。結果として、よかったんじゃないかなあ、と思います。

・何はともあれ、24館というスクリーン数で堂々の7位。めでたいことです。王様のブランチ映画興行成績ランキングが今から楽しみ。どうやって紹介すんだべかー。

(2010,2,8) 初稿。次回は2回目視聴後に…の、その前に。

2月11日 かなり落ち着いてから考えたこと

・あれからもう「早く2回目見たい!」という気持ちが逸って仕方ないんですが、まあまあ、冷静になろうぜ自分。

・今回の公開に合わせていろんなサイトで記事が出ましたが、その中で、ソースは失念しちゃったんですけど、石原総監督のこんな舞台挨拶時の記事をのっけていたところがありました。ディテールはうろ覚えです。

「伊藤プロデューサーが『時間は気にせず、できるだけ原作をカットしないでください』と言ってくれたので、思う存分やらせて頂きました。仕上がりの分数を見て、伊藤さんは苦笑してました」

・あとでソース探しますね。

・ここから言えることはつまり、やっぱり角川・京アニさんははなっから「きっちりと原作に忠実に消失を作り切る」つもりだった、ということです。で、生まれたのがあの傑作です。

・この先、いろんな意見が出ると思います。予想以上に評判が良すぎるので僕自身ひやひやしてる部分もあるんですけど(笑)、所詮僕は京アニ信者、ハルヒ厨。今の僕には「絶賛」の二文字しか言えません。バイアスかかりっぱなしです。

・ただ、そんなバイアスを極力排除した上で、確実に言えること…というか、ここは絶対に押さえなければならないところ、があるとすれば、それは、角川さん、京アニさんは4年前の「ミクルの冒険」から今作に至るまで100%手抜きをしなかった、という点です。4年ですよ。4年もの長い間、いろんなことを多方面から言われながらも決して妥協をすることはなかったんです。シャッフルわかりにくいとか、3年は長すぎたとか、エンドレスエイトで幻滅したとか、そらあもう散々な叩かれようだった時期だってあったのに、一切媚びず、一切妥協することなく、あくまであのハイクオリティを維持し続けたのですよ。

・もっとわかりやすく媚びたってよかったはずなんです。エンドレスエイトだって簡略化できただろうし、ハルヒの冒険のようなスピンオフをはさむことだってできただろうし、なんだったら「ハルヒちゃん」だってもっと長くやってもよかっただろうし、もっとキャッチーな展開だって出来たでしょう。でも、それをしてこなかった。あくまでストイックに作品を作り続けたわけです。伊藤Pによる様々な仕掛けはあったけども、伊藤Pんならもっと派手な仕掛けだってできたでしょう。ある程度の媚なら、僕らだって受け入れられたでしょうし。でも、伊藤Pは、石原監督は、そして全てのスタッフ・キャストの皆さんは、一切の妥協をしなかった。

・これは、とっても幸せなことですよ。視聴者と制作者の間にしか存在しない、至高で至福の時なわけですよ。しかも、それを4年にわたって享受できたんですから。そして、これは「ハルヒ」という作品に対する無限の愛情がなければ、到底できないことですよ。

・つくづく思います。僕はこの作品と出会えて、本当に幸せです。

・日本に生まれてよかった。この時代に生まれてよかった。ハルヒに、キョンに、みくるに、古泉に、谷口に、国木田に、鶴屋さんに、朝倉に、そして、長門に出会えて、本当によかった。本気で、心の底からそう思っています。

(2010.2.11) 初稿。我ながら痛すぎる。でも、本心なのだから仕方あるめえ。

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