月夜の先に、見えしヒカリ2


第二夜 灰とスクラップと、アメーバの日の夜に

いやあ、なんだい? 語っちゃったなあ。

ていうかさあ、なんでそんなにしんみりしちゃってるのよ(笑)
言ったっしょ? 引くって。んもう、俺のことはいいからさあ、みんなの子供の頃、聞かせてよ。あ、すいませーん、カシスウーロンお願いします~。

カシス? 好きだねえ。甘いところがいいね(笑)
なんていうかさあ、こうウーロン茶のスキッとした感じがうまーく合わさって、いい感じなんだよねえ。また太るって? 全くその通り(笑)。

へ?

もっと聞きたい?

えー。もういいじゃん。お前のが聞きたいよ俺は。俺ばっかじゃない、さっきから話してるの。俺だって聞きたいもの。ねえ。
あ、来た来た揚げ出し豆腐。ねえ、俺の昔のことなんて別に、ねえ。
ただフェチなだけだって。それ以外は取るに足らない、ボンクラでイケてないただのデブ男の慰めでしかないんだから。それよか、お前のほうがよっぽどいい人生送ってるじゃん。

え?

そんなことねえよ。満足してるよ。
そ、そりゃあさっきは慰めって言ったけどもさあ。後悔はしてないって。散々言ってるじゃん。だた、別に特別なことでもないし、すごいわけでもないよお。

どうしても…って、言われてもなあ…。

あ、帰っちゃうの?
あ、そおおかああ、大変だよねえ…。また飲もうよ。…いやいや、もう大丈夫だから! うん、これからは多分時間取れるからさ。まあ、前もこんなこと言ってたよなあ、俺(笑)。
ほーい、じゃあね~! また電話頂戴~!

…いや、もういいって俺の昔のことは(笑)

…そお?

わかった。じゃ、つづきね。
引いても知らんよ?(笑)

中学に行っても、同じだったねえ。
いじめられるのは。うん。

区立の中学だからさ、小学校のやつらは全員同じ中学に行くわけでね。
いじめるやつも同じ中学ってこと。しかも、他の小学校からやってくるいじめっ子が加わるから、まあ、当たり前なんだよね。

まあ、俺は勘違いしてたけどね。
何か、変われるんじゃないかって。

中学デビューをしようとしたんだね、無謀にも(笑)。
自分は何にも変わってないわけですよ。泣き虫だったこと以外は。
でも、泣かなくなったことで、なんか勘違いしちゃったんだろうね。それと、全く新しい場所に行くわけだから、そういう環境のこともあったんだろうし。

今思うと、すごいことしてた。
突然黒板に、小学校でいじめていたヤツに向けて「俺は昔の俺じゃないんだ」なんてメッセージを書いてみたりとか…

うわっ、痛ぇ!!!! 自分で話してて自分が痛ぇよ! 今胸になんか刺さった(笑)。しかもマジ話だからさらに痛ぇ~~~~。はああ、マジ痛ぇって!(笑)

ていうかお前ら笑いすぎ(笑) 

はああああ、スゲエな。いろいろ思い出してきた。
あとねえ、明らかに今後番長張るだろうってくらいに強いヤツにケンカふっかけたりとかしたな。次の瞬間にブン殴られて気絶したけど。

笑うな!(笑) 笑うなって!(笑)

初めて体が動かなくなる感覚を覚えたね、そん時に(笑)。
で、そんなことしてるうちに、結局小学校のときと同じ状況になっちゃったんだね。
ほら、入学してしばらくすれば大体別れるじゃない、イケてるグループとイケてないグループと、それ以外、みたいにさ。もう俺、しっかりとイケてないグループの筆頭ですよ。本気で「雑魚」って呼ばれてた。しかもあり大抵のいけてるやつらにケンカ吹っかけては一発でのされてたから、目を付けられたんだね。カツアゲも経験したし。

高校のころもそうだったけど、そんなことばっかりだったから、同窓会とかのお知らせとか、今でも全部無視してる。
いい思い出、全然ないもん。イヤな思い出しかないよ。

あ、高校の部活OBの集まりとかには顔を出すこともあるくらいかな。
まあ…、それもつい最近になってから、かなあ…。高校の部活はめちゃくちゃ楽しかったんだけど、自分の中ですっごく思うところがあってね…。なかなか踏み出せなかったな…。

まあ、そんな感じで中学デビューは大失敗だったのね(笑)
だから、もう必死こいて勉強したよ。
それしかもう勝負できない、って思ってたから。それでなんとか自分の中の精神的なバランスを保ってたんだと思う。「アイツらより俺は勉強できるんだ」って。
ま、それも高校でガラガラと崩れちゃうんだけどね(笑)

結局、何も判ってなかった。

変わろう、変わろうと思ってても、何を変えたらいいのか、まるで判ってなかったよね。
それじゃ、何も変わらないんだよね。それにすら気づかなかった。
高校の頃にちょっとだけ気づくんだけど、それでも何も手を打てなかったし。
自分が変わらなかったら、そりゃあ何も変わらないわけでね。

もがいてたね。
何で俺はいじめられるのか、何で俺ばっかり、って、いっつも思ってた。
今から考えれば、その答えはいやというほど、そのいじめっ子が目の前で掲示してたんだよね。声に出してさ。
そこから得られるものはたくさんあったはずなんだ。
でも、何一つ理解できなかったんだね。

俺の中で、小学校と中学校の頃のことは、本当にポッカリと穴が開いた感じなんだよね。
悔いしか残ってないよ。やり直せるならやり直したい。今でもそう思う。

そりゃあ今でもたくさん自分のイケてないところはたくさんあるさ。それを直すのは大変で、自分がそれに対して努力できていないことも、よくわかってる。
でも、時々思うんだよね。
あのときに、もっと自分が、どうにか出来ていれば、今、もっとイケてたのかもしれない、って、思う。
もう仕方がないことなんだけど…、でも、時々思っては、一人で苦しんでるね。

で、話は戻っちゃうんだけど。

夢精したじゃん、俺(笑)。10歳のときに。
で、それから、新聞や雑誌とかの広告に出てくる全身タイツの写真を集めるようになったんだよね。スクラップってやつ。

まあ、平たく言えばオナペットってやつだなあ(笑)
ただ、オナペットと言い切るには、もっと高尚な感覚を持ってたような気がするね。
なんていうのかな。うーん、
希望みたいなものかもしれないね。

熱心に集めてた。わけもわからず集めてたね。
今思うと、よく集めてたなあってくらいに。スクラップブックの半分くらいを埋めてたから(笑)。

なんだろう。
何か、すがりたかったのかもしれないな。
理想郷というか、そんなものかもしれないし、憧れ…なのかなあ。

当時は間違いなく、あのフォルムの全身タイツが実在するなんて思ってもいなかったし、あったとしても、それを手に入れるとか、そういう感覚というか、観点自体がなかったからね。
とにかく、あの夢で見た全身タイツに「近いもの」をひたすら集めてた。
そりゃあ、フェイスクローズの全身タイツの絵なんて見つからないんだけど、とにかく集めてたよね。
あと、CMのチェックは欠かさなかった。もう忘れちゃったけど、いくつかのCMでフェイスオープンの全身タイツを使ったCMがあったから、その放送された時間をメモったりしてたね。ああ、ウチにはその頃ビデオなんて高尚なものはなかったから(笑)、そうなったんだけど。

うーん、そんなCMがあったかなあ…。
「丸井」? 「スパークリングセール」?
「メニコン」?
「公共広告機構」? えと、人間で人の顔を描くやつ。
うーん、全部断片的にしか覚えてないや…。

でね。

12歳のとき。
学校から帰ってみたら、そのスクラップブックが、ないんだよね。
どこを探してもないの。焦ったね。そりゃあもう必死になって探した。
でも、どこにもなかったんだ。

で、ふと、ウチの庭に目を移したら、

なんか、灰の山があるんだ。
焚き火のあとみたいな感じかな。

よ~く見たんだ、その灰をさ。

そしたら、

見覚えのある切抜きの切れ端が、あったんだね。

燃やされちゃったんだよ。
スクラップブックごと。

おそらく、お袋だろうね。
オヤジは、今もそうだけど、その日打ち合わせと人工透析で、なんかスケジュールの都合とかで、朝からいなかったから、多分オヤジじゃないんだろう、って直感した。

ああ、お袋が見つけちゃったんだ。
そう思ったら、なんか、なぜかわかんないんだけど、泣けてきたんだね。

お袋に、見られちゃいけないものを見られてしまった、ってことと
あれだけ苦労して集めたものが、一瞬にしてなくなっちゃったってことが
頭の中をグルグル駆け巡って、もう、叫びたかった。

ワンワン泣いたよ。
しばらく泣いてなかったのに、もう、幼稚園の頃の俺みたいに、泣くだけ泣いたんだ。

その頃、俺は近所の剣道教室に通っててね。
その時は稽古の日だったから、泣きはらした目で剣道に行ったんだ。

でも、興奮というか、泣きたい気持ちは止まらなくて、
教室が始まる前に、もう、体が抑えられなくて、体育館に置いてあったマットにダイブしたくなって、マットめがけて走りだしたんだ。

そのマット、高く積まれてたんだよ。
マットの高さ、1メートルくらいだったのかな。

次の瞬間、俺はマットから足を滑らせて
頭から床に落ちたんだ。

目の前が突然グチャグチャになった。
見えないわけじゃないんだけど、アメーバみたいなものが目の前でグチャグチャ、グチャグチャって動いているような感じだった。
立てたんだけど、まっすぐ歩けなかったみたいだね。

剣道の先生が慌てて親に電話して、俺は剣道の稽古もせずに家へ帰らされたんだ。
家でお袋が心配して、とりあえず飯を食えっていうんだけど、目の前がアメーバだらけだから、なんだかよくわからないまま何かをクチに入れてた。

その後は…、全然記憶にないんだよね。
あ、吐いたのだけは覚えてる。メシ食ってる時に。

あと、
お袋の悲しい顔。

何か、いろんなことを思いつめちゃってるような、とても、とても悲しい顔。
それは、なぜか頭にこびりついてるね。

気がついたら、俺はウチのベッドで寝てたんだ。
翌日の朝だったんだね。

普通に支度して、普通に学校へ行ったんだけど、
登校してる間、あのことばっかり考えてた。

もう、スクラップを集めるのはやめよう。
全身タイツのことは、忘れよう。
もう、お袋のあんな顔を見たくない。
だから、忘れよう。

気がついたら、全身タイツのことは頭になくなってたんだ。

普通のいじめられっ子のように、普通の生活をしていたと思う。
普通に女性の裸に興奮したり、普通に包茎のこととか、陰毛のこととかを気にしちゃうとうな、普通のガキだったね。
親のアトリエに行って、ヌード写真集を見ることもしなくなってたなあ。
アトリエに入ること自体、なんか怖かったのか、避けてたからね。

それよりも、多分、自分を変える…、いや、これは語弊があるな。
自分の周りが「変わる」ことを、必死に願ってたんだと思うね。
自分からは何もせずに。
ひたすら「周りが変わってくれる」ことを、祈ってたんじゃないかな。
まあ、変わりはしなかったんだけど。

俺は、ウチの学区の中でも一番遠くて、それでいて、中学校のヤツラのなかでも一番志望している奴が少ない高校を受験して、受かったんだ。
都立富士高校、って言うんだけど。

親は何度もこういったんだ。お前なら西高校いけるだけの実力があるんだから、なぜ西へ行かないんだ? って。
ウチの学区では、その頃の都立高の順番は「西→富士」の順だったんだよね。西は都立の中でも御三家って言われるくらいの進学校だったから、親としては、そっちに行って欲しかったんだろうね。

でも、俺は富士を選んだんだ。
そこで、自分はもう1回チャレンジできると信じてたんだね。
中学校では、小学校での俺のことを知ってるヤツラがたくさんいたから、デビューに失敗したんだって、だから、俺のことを知らないヤツラばっかりの高校へ行くんだ、って、本気でそう思ってたんだよね。

まあ…、その想いは、見事なまでに崩れ落ちちゃうんだけど。

高校入学のころかなあ。

ウチにやっとビデオが到着したんだ。
進学のお祝いにって、親が買ってくれたんだね。

このビデオで、俺は次の扉を開けることになったんだ。

広告のスクラップから、映像への、次のステップ。

俺は、再び思い出したんだよ。

あの、夢のことを。

続く

Copyright (C) 2007 Hiroaki Ohmori / All right reserved.