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第一期工事竣工
第二感覚研究所Wiki
まだなにするか決めていませんが、やります。
おそらく全身タイツに関するデータベースを作ることになるでしょう。
ゼンタイ関連のサイトができては消えていく。僕も傍から見ていて歯がゆく思っていました。
「御大」マーシーさんもウェブでの公開活動を大幅に縮小されてしまいましたね。
なんでか。このふがいない状態はなぜに起きているのか。
おそらく…、おそらくですけど、多分「情報が出きったから」だと思っています。
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僕らがPFCで活動を始めた1995年当初、僕らが欲しい情報はどこにもありませんでした。
だから、自分から情報を創り上げるしかなかったのです。
それはつまり、自分から、自分の持つ情報を出す=自分で情報を発信する、ということです。
情報を発信しあうことで、その情報同士を共有する。
共有することで、自分の世界が間違いなく広がった時代でした。
だから、情報を持つ同士で連帯する意味がありました。
間違いなく有意義でした。
もちろん、そういった連帯・共有をすることで、デメリットも生まれました。
団体という形で連帯し、そのなかでやり取りすることで、クリティカルな情報は自然と外に出なくなります。
で、そういう状況は、傍から見れば容易に想像がつきます。
そして、僕らがそんなことを考えていなくても、そこにある種の階層意識が生まれます。
僕らはそれを何とか回避しようとしましたが、当時は僕らが持っている情報の中に
悪用されたらマズいものが多々あったことも事実で、それを守ることも同時に行わなくてはなりませんでした。
その中には、当然プライバシーやらなんやらやほにゃららも含みます。
結果として、僕らは階層意識の払拭には至りませんでした。
その事実は、某所でのエライ叩かれようを見れば自明でしょう。
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今はどうでしょう。
ハンズに行けばゼンタイが買えます。
ヤフオクを覗けばもっと質の良いゼンタイが手に入ります。
ゼンタイプレイが見たければ、AVショップに行ってください。何本か発売されています。
(まさか、自分が作ることになるなんて思っても見ませんでしたが)
ゼンタイプレイをしたければ、ゼンタイとお金を出すことでプレイしてくれる場所がちゃんとあります。
必要な情報は、全てネットの中にあるのです。
そうなると。
情報を発信する必然性がなくなります。
情報を発信する必然性がなくなれば、連帯を組む意識も薄れるでしょう。
共有すべき情報が、もはや、ないのですから。
この状況下で情報を発信し続けるのは、かなりの労力がいるはずです。
それまでなら情報共有という明確な目的がありましたから、
まだモチベーションを維持できました。
なんとしてでも情報を創造しつづけるんだ、というモチベーション。
でも、そんな労力をかけて得た情報が、
すでに、そこら中に転がっているとしたら。
そうすると。
プライオリティは「連帯」から「個人」へと移ります。
個人として、情報を得たいということがより先鋭化します。
さらに、情報を得ること自体の労力がほぼゼロになります。
人々にとって、現在の環境が全てです。
そうなれば、ますます「連帯」する意義は薄れていくばかりです。
そうなることが「悪い」とは思っていません。
そうなることはメリットもデメリットも含有する。
この世の具象全てが持ちえるパラドックスであり
それは自然の摂理です。
ですが、
僕はそこに「哀愁」を覚えてしまう。「無念」を感じてしまう。
ジジイが何を言ってるんだ。たしかに僕はジジイです。
Hot Fetish以降、何もできなかった僕にとやかく言う資格はないでしょう。
でも、一寸の虫にも五分の魂です。
少なくとも、便所の落書きに自分の欲求を満たすだけの目的で
卑劣なことを書いてしまう方々とは違います。
ジジイだからこそ伝えなければならないことだって、あるのです。
貴方の歩いている道の砂利には、数々の先人たちの汗と涙がたくさんしみこんでいるということを。
ならば、その全てを、時間をかけてでも、語りつくそうではありませんか。
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僕がこのサイトの名前をつけるにあたって考えていること。それは
「現在必要な情報のコストを完全にゼロにしたら、その先に連帯は生まれ得るのだろうか」
「タイトフィットというものが、この先進んでいく道はあるのか」
ということです。
ウィキペディアに「全身タイツフェティシズム」を投稿した時から
それは、もしかしたら始まっていたのかもしれません。
長い旅になりそうです。
このページに、25年かけて無駄遣いしてきた
タイトフィットにかける全ての思いをぶつけます。
2008.5.8
大森弘昭
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