語られることのない言葉3 →Worksに戻る


スペック:2001年10月26日更新、スナフキンの手紙に捧ぐ
背景:2ch閉鎖騒動(2001年8月)が過ぎて以降、いろんなカタルシスが頭の中で起きていた。そんな中で綴ったもの。インターネットというものに抱いていた幻想だったのかもしれない。でも、心の奥底では、まだ幻想を追いかけている自分がいる。この文を多数のサイトで取り上げて頂いた。多謝。


「新しきメディア」、それを当時の人々は「草の根BBS」と呼んだ。


パソコンと電話回線がつながったことで、そのパソコンを舞台に文字をベースにした新しいコミュニケーション手段が創造されたのだ。「モデム」という機械を通してパソコンに接続すると、その先には掲示板というものが鎮座している。そこには、何らかの方法でこの掲示板の存在を知った先住人たちが文章で言葉を交わしている。その場の雰囲気はあるにせよ、接続した人間は書き込みに参加できる。

本名を名乗る必要はない。男女の区別すらいらない。ハンドルネームというニックネームのようなものを名乗ればそれで事足りる。そして、NTTの発信記録と照合しない限り、その書き込みが誰のものなのかは、わからない。


重要なのは、この掲示板の管理者が「個人」であるということだ。
パソコンと電話回線さえあれば、誰でもコミュニティスペースを持てる。しかも、ほぼ匿名の状況で。
まさしくこれが「匿名掲示板」の原初である。
語られることのない言葉が、ついにその安住の地を見つけた瞬間であった。



草の根BBSは、その後爆発的な勢いをみせた。語られることのない言葉は、時には告白として、時には罵倒として、時には慰めの言葉として掲示板に溢れた。東京BBS、センターネットなどの大規模なBBSが誕生し、企業系のパソコン通信サービスも開始した。掲示板における匿名の書き込みはものすごい勢いで増え続けた。そして、いつしか掲示板はパソコン通信のメインストリームとして捉えられ、その動向を観察する者(ネットウォッチャー)が現れるまでに成長した。


だが、この草の根BBSと企業系パソコン通信には根本的な欠点があった。

草の根BBSは、その存在を人々に知らしめる場所を絶対的に持ち得なかった。
持ちえたとしても、既存のメディアによるパブリシティか口コミ、そして掲示板間を伝わる伝聞情報しかない。これは、草の根BBSの参加者数の限界が低いことをも意味している。また、運営している個人の意向や要望が反映されるあまり、運営方針に問題があるBBSが続出した。ネットウォッチャーには格好のネタになったが、参加者にとってそれは苦痛以外の何者でもない。かなり大勢の人間が、たくさん参加者のいる企業系に流れた。

企業系BBSでは別の問題が山積していた。
企業体が運営するためには、その運営にあたり利益を追求しなくてはならない。当然有料となり課金が必要になる。この時点で個人情報は企業=管理者に漏洩し、掲示板での活動への足かせとなった。また、不必要な規則設定も障壁となった。企業体の自己防衛として当たり前のことなのだが、その規則は語られることのない言葉の力を減退させるのに十分だった。


そんな中、ニフティサーブや他の主要なサービスでは様々な「語られることのない言葉」が語られていたように思う。
特にBBS8と呼ばれる掲示板での書き込みは、まさしくそれであったと思われる。管理者が活動していない深夜になると、様々な書き込みで溢れた。人はそれを「アングラ」と呼んだが、それに熱狂した人がかなりの数でいたことも、また事実である。


ここに、初期の掲示板文化は一輪の花を咲かせた。
だがそれが、決して匿名ではないはずの掲示板でも花開いたことを忘れてはなるまい。それほど、私達は「語られることのない言葉を語ること」に飢えていたのではないか。さらにその時、これまで明確に示されることのなかった「書きたいことがかける場所」を、この瞬間についに見つけたのではあるまいか。そして、便所の落書きが、ふと見ると大きな意味を持って私達に迫ってくることがあるように、ハンドルネームの名前で匿名で書き込むというバーチャルな行為が、「語られることのない言葉」を語るにふさわしい場所を伴って、私達の目の前に姿を現したのではないだろうか。



実社会ではとても語ることの出来ない言葉を、思いっきり語ることの出来る場所。

私達のそんな「オアシス」を求める当てのない旅は、こうして幕を開けたのである。




続く


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